『コロナ国難下で診る/日本に於ける医療ボランテイアの限界と問題点』
過去に阪神大震災、新潟大震災、東日本大震災に医療ボランテイア参加し良い思い出も行政下に依る不愉快な思いでも少なく有りません。
阪神では「国境無き医師団」から参加しました。
ボランテイア医は最初は死体検案のみでその死体を運べるのはプロの任侠の方々。
役人も警官もこの混乱時何も無いのです。
当時未だ元気な彼らだけは親が死んでも行方不明でも親爺Bossの命令下勤労してくれていました。
数日後役所や警察自衛隊が回復して時特に西宮体育館(残念忘却)での食品庫警備や炊き出しボランテイアは彼らが居なければ混乱が起きる様な状況を上手く警察と連携して頑張って居ました。
アタシが食品庫警備Bossの任侠氏に聞いた処「地元住民が回復しない限り自分達の実入りも回復しないので全ての備蓄提供し死体運搬や警備位は協力したい」との事でした。
新潟では「国境なき医師団」派遣が途中から地元行政の横槍で頓挫した為「髭神様」のルートで「TY広報車アルフアード」をお借り出来且つ当時のクルマ仲間の友人が現役「新潟県知事(現代議士)」だった為その正規ルートで新潟入りしましたが後方安全地帯は余りに暇で温泉三昧が嫌でそのぬくぬくした場所を離れて、敗残兵的立場で残って居た「国境なき医師団」が居る「被災現場」に合流すべく行動に出ました。
想像通り現場では悲惨な医療不足環境でした。
そうしたら「現地後方安全地帯/保健師」が仕事を休んで無料医療ボランテイアに来るTKO開業医は怪しく思ったのか現知事紹介の為「県保健部長」が直接接遇するアタシに対して「豊島区医師会」に身分確認の電話を入れてしまいカウンター攻撃に依る「県知事の逆鱗」に触れると言う「度田舎の封建制度」を直視出来ました。
流石は「角栄」を生んだ「糞田舎」な土壌です。
阪神では国境なき医師団、新潟は県知事ルートから参加しましたが、諸事情で東日本では「クルマ評論家氏」の伝手で「インポーター」を介して医療ボランテイアに参加しました。
しかし残念な事に一部の心無い「クルマ系評論家氏」に依り「ビジネス化」される部分が多大に有り非常に気分悪く数日で辞めてしまいました。
地元行政と地元医療機関を優先し過ぎて居り、地元医療機関が回復後即に医療ボランテイアが邪魔に成り平気で排除する体制が有ります。
残念ですが「日本の医療ボランテイア」は真面には施行出来ない環境と考えます。
故に今回のcorona天災国難では正規医師会ルートで傭兵医参加する事に決めました。